粘り勝ち

以前、教育業界に私と気の合う方が1名いる、とお伝えしたことがあったと思いますが、その方とご飯を食べに行ってきました。

その先生からいろいろと話を伺ってきたのですが、生徒とのエピソードを聞くとやっぱりすごいと思わされます。

 

1日10時間勉強する生徒がいるそうです。

でもその子は勉強に全く興味がなくて高校卒業までほとんど勉強をしない。センター試験会場にはいったものの、「雨だから」という理由で未受験で帰ってきてしまったそうです。そしてそのままフリーターの道へ。

先生は勉強で関わることはなくなってしまったのですが、せめて次の道が決まるまでは付き合おうと決め、月1回一緒にご飯を食べていたそうです。ほとんど大学受験とか勉強の話はせずに、ただただその子の心に寄り添って時間を共有していきました。ずっとご飯会を続けていたら、あるとき「先生、俺大学に行くことに決めた」と生徒が口にしたそうです。聞けば、うどん屋でアルバイトをしていて、そこで働いている人たちのダメな部分を目の当たりにし「このままここにいたらだめになる。こっちの方向に進んではだめだ。大学に行こう」そう思ったそうです。

それからはあんなに嫌いだった勉強のはずなのに、先生が指定したことを毎日完璧にこなし、医学部合格を目指し、絶賛学力向上中らしい。私は「その生徒はこのまま医者になっていくだろうな」そう思いました。

 

 

これをきいて、やはりこの先生は真の教育者だと思いました。素晴らしい導きです。そしてずっとくすぶっている息子を責めるのではなく「自分で気づけばやるだろう」と温かく、じっくり待ったご両親も素晴らしい。

思い通りに、期待通りに動かないとそれを何とか変えたいと必死になりがちですが、信念は外から力を加えたって簡単に変わるものではないのです。木は夏には青々とした葉が生い茂っています。無理にちぎったって新しい葉を生むだけ。でも秋になり冬になれば、木は葉がない方がよいことに気づき、自ら葉をはらはらと落としていきます。落葉のごとく。前にもブログに書きましたが、「教育は落葉のごとく」私がこの仕事をするうえで大事に思っていることです。また信念の変化には時間がかかるのです。でもその当然のことに気づかず、短期で思い通りにしようとして、思い通りにならないと「なんでやらないんだ!」「そんなんでどうするんだ!」と怒りをぶつけて、うまくいかない責任を相手に転嫁して、それを教育と思っているヤカラがいる。けっ、ちゃんちゃらおかしーぜ!!

ゴ、ゴホン、少し取り乱してしまいました。失敬。

 

その生徒には、暇を持て余してじっくり考える時間が必要だったのです。うどん屋でバイトして社会の現実を目の当たりにすることが必要だったのです。遠回りだなんて決してない。大半の子が外部から勉強は大事だよと価値観を埋め込まれてその内容検討をすることもせず、妄信的にその価値を受け入れています。でもその生徒は違う。自らの体験から自分にとって何が必要かを考えていった。まさに自分の人生を生きているって感じです。よい生き方をしています。うらやましい。

その子には一度もあったことないのですが、もう他人事には思えません。今度お酒でも3人で飲みに行きたいなあ。その子は20歳を越えてるかな?