自由と平等


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From:眞田

 

「自由」と「平等」という言葉はよくセットで使われます。

 

完全に自由に振り切ってしまったら、サバンナに生きる動物たちのように、弱いものは死あるのみ、の弱肉強食の世界になってしまいます。人間は動物ではないのだから、弱い者にも手を差し伸べるような社会であってほしいと私は思います。

一方、みんな平等であればいいかというとそうでもなくて、平等社会がうまくいかないことは歴史が証明しています。

自由が拡大すれば、平等は失われ、平等が拡大すれば、自由が失われていく関係にあり、どちらも大切な考え方なので、自由と平等はセットで使われるのでしょう。

 

今は自由の拡大期に入っていて、ここ最近になって「分配」「新資本主義」と、自由を抑制するような言葉が出るようになってきましたが、この流れは変わらないんじゃないかなあと個人的には思っています。つまりますます格差が拡大し、二極化が進展していくということです。そのつもりで準備をしていこうと思っています。

 

 

学校教育でも強制性が減ってきて自由が拡大してきました。働き方改革の名のもとに、先生の仕事量を減らしているので、自然と生徒との関わりも減ることになります。(先生の仕事量が減るのは賛成です)部活の時間も減ってきました。部活の時間が減るということは、自由に使える時間が増えることになるので、この時間をどう使うのか。この時間の使い方で差ができます。

 

塾の生徒から聞いたのですが、今は宿題を出さなくて平気な子もいるみたいです。昔だったら、宿題を出さない子には先生が繰り返しうるさく言ったのですが、今はちょっと注意して、やらないならやらないでいい、って感じです。

息子が宿題を提出しないで先生から電話がかかってきたときもそうでした。「僕のことではないし、宿題を出す出さないは息子に任せます」と言ったら、すぐに先生が引いたのを感じました。でもそうですよね。親が提出すべきものを提出しないでいいって判断するなら、何もいうことはないです。ダメ親の勝手にどうぞ、ですね。

 

 

自由、強制ではない、というのは縛られていなくていいような気がしますが、自由の戦場は差がどんどん開くからかなり注意が必要です。

「子供の自主性に任せます」と言いながら、その実質は「放置」「教育の放棄」であったりしますから、自分もそうならないように気を付けようとは思っています。